ドラえもんの未発表の作品がある。

ドラえもんが終了した後 冗談で家に遊びに来ていた人に,全くつなぎ目の無い

ラッシュフィルムを見せて、実はドラえもんは本当はまだ続くはずだったので作ってしまった

フイルムだと言った、冗談と判った後もおもしろがって、他の人たちを騙していた、

そのことと、野球中継で一回伸びたため、一回分のフイルムが残っていると言う噂が

残ってしまったと、思われる。

 なぜ試用しなかったラッシュフィルムが手元に残っているのかは、不明です。
ドラえもんのエピソードなど

ドラえもんの色指定について。

ドラえもんの色を決めるのに、大変苦労した.

結局藤子不二夫先生の原作のカラーページのドラえもんが青だったので

青いドラえもんを何色か作って藤子不二夫先生の校閲を受けOKを貰って、色を決めた。

しかしブルーにしてしまったため空の色と一緒になってしまい、背景が雲を入れたり

大変苦労する事になってしまいました。

ジャイアンのお母さん

ジャイアンの母は亡くなっている。



第8話 ガキ大将をやっつけろ の中で

ジャイアンの父親小助がジャイアンの母の遺影を

拝んでいるシーンがある。



8話 ガキ大将をやっつけろ をご覧下さい。

ジョージ川口の思い出。
日本テレビへ打ち合わせに行ったとき早くつきすぎて、時間つぶしに日本テレビの電波塔の

展望台で景色でも眺めていようと思っいエレベーターへ行来ました。たまたま乗り合わせた

人がひげを生やして手にドラムのステッキを持っていました。タレンントさんかなと思って、

軽く会釈しました。

そのころベースギターをピックを使って弾いていたのを指で弾くようになりチョッパーなる

弾き方がはやった頃で毎日練習していたため手が大変荒れていました。

その手を見てギターか何かやっているの。と聴かれたのが切っ掛けで色々話をしました。

まわりの景色の案内もしてもらいましたスティックを持っていたのでドラムのプロだなと

思っていましたが、その人が有名なジョージ川口さんだったと知ったのは少し後のことでした。

訃報を聞いてその時の、やさしくして頂いたジョージ川口さんのことが思い出されました。

ドラえもんのスタッフが間違って伝わっている。

日本テレビ動画で制作されたドラえもんは最終回の日に拠点が無くなってしまいました。

当時のスタッフや状況のことを知っている者も年と共に少なくなり調べることも不可能になって

しまったと思われます。モンシェリCoCoも同じ日本テレビ動画で制作されたために、

心ない人がきちんと取材せずに、 同じスタッフだろうと最初に発表してしまったために、

その記事が唯一のデーターと言うことで誰も疑問に思わずそのまま間違って伝わってしまったと

思われます。

冨田耕生から野沢雅子に変わったのは交通事故を起こしたためと言う噂

実はこれは私のことだとこの噂を聞いたときすぐ思いました。
新潟で起こした交通事故の事と、制作の責任者としての私がココを途中で降りた事がドラえもんの制作責任者が冨田耕生を降ろしたと、間違っ伝わり、それが 冨田耕生は交通事故でドラえもんを降りたになっってしまっったと思われます。


◎ モンシェリCoCoの時スタジオテイクで私は制作を任されていました。正延省三は代表者としての仕事と演出家、作画の監督と、私もスタッフ集め外注だしスケジュールの調整にと最初から大変忙しくて寝る暇もなくとは、こんなことを言うにでしょう。現に本当に寝てないのです。車を走らせていて、本当に眠くて危なくなる道路の脇に車を止めて、リクライニングさせる、とすぐ落ちる(ストンと寝てしまう)暫くすると、海の潮騒の音が遠く聞こえてくる、それが段々大きくなって、車が側を走り抜けて行く音だと判る、その間、5,6分しか寝てない、そしてまた走り出す、それが昼、夜関係なく続く、前にきちんと寝てから2週間ぐらいそんな日が続いて、やっと正延と私が、めどがついたそんな時、前から要請のあった新潟の作画班からの打ち合わせに、正延が行くことになった。夕方の飛行機の予約も取れて、っまとを任せて久し振りに田無のアパートへ帰った。風呂に入ってベットですぐ爆睡、女房に起こされる、「正やんから電話」時計を見ると、まだ2時間も寝てない、こっちでの打ち合わせが伸びて飛行機に乗れなかったとのことであった、、後のスケジュールを考えると行くしか無かった、正延を自分の車に乗せて一路新潟へ向かった。三国峠かな?長いトンネルを抜けて峠で食事をして一路新潟へと向かった、夜が明けて新潟市の標識まで来たときにはラッシュにぶつかってしまっった。
覚えているのはここまで、正やんが身を乗り出して私の左肩を揺さぶり危ないと大声を上げる、目をあけると目の前にエルフがいてぶつかって止まる、何で自分がこんな所に居るのか?ベットで寝ていた筈なのに完全に爆睡していったのであった。車は対向車線をはみ出して左へ避けようとしたエルフにぶつかった、1台目に接触しって2台目に接触、この時正やんは目覚め私を起こした、そして3台目エルフと正面衝突 幸いラッシュでスピードが出ていなかったので車の破損はそれほどではなかった。
しかし正やんの顔を見てびっくりルームミラーの角で、ひたいを切ってしまっていた。救急車で病院へ運ばれたが幸い大怪我ではなかった。打ち合わせをして、電車の有る内に東京へ帰った。
 正やんの額の包帯が取れるのに数日かかったため、交通事故のことは、スタッフの間で評判になった。
 (6ヶ月の運転停止処分を受けた、この時の新潟簡易裁判所の略式命令書が最近まで取ってあって、引き出しの整理をするたびに、目についていたのに、詳しい日時が判ると心当たりを探しましたが現在に至るも発見出来ません。取りあえず交通事故のことをかいておいて発見したら訂正します。)

◎ やっとスケジュールもめどがつき順調にモンシェリCoCoの制作も進みだし、日本テレビ動画から制作費の入金のあって順調に進んでいるかのように思えたある日、マンションの一室を借りて制作室としていましたがそこの最上階を正やんが借りたと言うことが耳に入りました、その部屋は最上階にあって二階建てになっていて、かなり贅沢な部屋で、家賃もかなりのものになると思われました。そりて夜遊びが始まりました。それまでも良く飲みに行きましたが、仕事には支障を来しませんでしたし、飲めない私も一緒について行って送っていったりしていました。
スケジュールに支障をきたさないよう一度注意しました。
二度目今度は怒りました。しかし暫くすると六時になると飲みに消えてしまいました。
三度目このままではスケジュールや予算の面でも責任持てないからこのままでは私はおりるぞと脅しました。が次の日六時に消えてしまいした。このままでは放送が間に合わなくなるどうするか?結果不思議なメルモであんなスケジュールでも何とかしてきた私を見ているから安心しているのではと言う結果になり、私が降りて危機を伝えると言うことにきまりました。置き手紙を書いて自分は仕方なしに去る、そして新婚旅行がてら女房の田舎へすぐ帰ると、書き残してアパートへ帰りました。女房に訳を話し納得して貰いました。その夜から夜明けまで電話が鳴りっぱなし出したが。とうとう出ることはありませんでした。
後になんとか1クールだけ放送出来たよと聴きましたが放送を見ることが出来ませんでした。

 以上の事件?がありまして、モンシェリCoCoのプロデューサーが交通事故を起こしたため辞めたと言う噂がたちました。そして今度は交通事故でモンシェリCoCoを辞めたプロデューサーが冨田耕生を降ろした。と言う噂になり、いつのまにか交通事故で冨田耕生が降りたに変わってしまいました。

 そのご正延省三とは 昔以上の親友として付き合っています。この時はお金が彼を変えてしまったのだと思いました。
名前を出したことも彼のことだから許して呉れるだろうとおもいます。


ドラえもんのフィルムの行方?

     
掲示板のご質問に対するお答え。

答えから先に言えば、判りません。とお答えするしかありません。

テレビ局との契約では、完成した16mmフィルムを、1本納めることで契約の履行が成立

するとあります。つまり1本しかフィルムは、納めておりません。虫プロとか手塚プロの時は

資料として完成試写をしたフィルムを保存して新しいフィルムを、テレビ局へ納めました。

日本テレビ動画では、現像所の試写室で完成試写をして、確認した上でそのフィルムを、

納品しました。そのために現存するフィルムは原則として1本しか存在しないわけです。

次にネガフィルムの存在ですが、ドラえもんで初めて16mmカメラで撮影しました。

そのためにネガフィルムは16mmフィルム缶にて保存されています。一緒に音の

ネガフィルムも当然保存されているはずです。

30年も経ってしまっては、当時の人達も当然か変わってしまって、内容の判る人は

いません。常識的には処分されているはずです。

可能性としては、地方で再放送されていた、フィルムがきちんと管理されていて存在すれば、

また資料としてビデオ化したテープが(VTR)存在すれば、と思いますが、いまだ出て

こなければ、存在しないと考えられます。


いままでいろいろなテレビ番組で、懐かしのアニメの番組が放送されています、もしフィルムが存在するのならば、
一つのスクープです、当然日テレのほうでも、探し回ったはずです、それが発見できてないのは、悪い方に
考えてしまいます。 こんなに皆さんが、見てみたいと騒ぎになるとは夢にも思いませんでしたので、あまり大事には
されてなかったのではと思います。


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