1973年 9月30日 ドラえもん最終回 日本テレビ動画最後の日
バタン車のドアを閉める音が五十嵐ビルにこだました。
助手席に乗り込んで来た木沢富士夫は少し顔が赤らんで見えた。
これからする事に少し怒っているようだった。
エンジンの掛かる音がビルの谷間に響き、ライトエースバンが動き出す、
外はすでに暗くなっていた。
大和陸橋で車はUターン練馬方面へと向かう。
今見たドラえもんの最終回も何の感情も無かった。
いつもなら最終回を無事に終えて打ち上げパーティーをして疲れを吹き飛ばしているのに。
今、車の後の荷物室には1万袋ほどのカット袋と、さまざまな資料がぎっしりと詰まっている。
「日本テレビ動画は今日で本当になくなってしまうんですね」
木沢がつぶやくように言う
「ビルを今日中に明け渡さねばならないので、仕方ないよ」
また暫く、沈黙が続く。
車は豊玉を直進し環状7号線から別れ練馬駅方面へと向かう。
ただウィンカーの音が響く。
左折して通称十三間通り新目白通りに入る。
「やっとの思いで最終回までたどり着いたのに今後どうするのですか」
木沢が言う。
最終回近くになって外注さんから仕事の報酬のことで問題が起きてしまった。
渡辺社長が辞めたのが引き金になって料金が貰えなくなるのではないかと言う心配であった。
いろいろ金銭トラブルのある業界なので無理のない事であった。
今まで大きな会社で仕事をしてきたので、そのようなことは全く想像できなかった。
料金の保証がなければ仕上がりを渡さないという外注さんも出てきた。
局側の耳にも入り、放送に穴を開け無いようにと心配の問い合わせも来てしまった。
一軒一軒訪ねて交渉して歩いた。
どう責任を取ってくれるのかと言われ、もし皆様に迷惑掛けるようなことが起きたら、
この業界から足を洗うから私の顔を立ててくれまで言って、説得してあるいた。
そしてなんとか事態を乗り切る事が出来た。
だが会社が取った態度は外注さんたちが心配した通りになってしまった。
その事を木沢は言っているのである。
「責任取って足洗うよ」
「外注さんもそこまで求めてはいないと言ってくれているのだから、
何も一人で責任感じる事ないのに」
木沢が言う。
ガスタンクを右に見て谷原を右折、車はオリンピック通りへと入る。
「自分に正直になりたいから」
木沢に言ってから自分に嘘を付いていることに気づいた。
「少しカッコ付けすぎ、何より漫画映画作りが好きなくせに、
何が自分に正直にだ!この嘘付きめ」
心の底でつぶやいた。
ジェットコースターみたいな坂を下って、そして登った。
その先の陸橋を左折、川越街道へと入る。
「ドラえもんは赤字じゃなかったのでしょう」
木沢が聞いてくる、
「その事が制作主任として一番気になった事だが結果は黒字だった。
前に佐々木が褒められたと聞いたよ、でもそれがいけなかったらしい。
版権収入が入って前のテレ動の時の赤字が少し埋まったので、
会長も漫画映画作りは金が掛かるのに懲り、
この辺でアニメ作りは辞めようと言う気にさせてしまったらしい。
だから新潟スタジオと東京のスタジオの備品とをリストにして、
外注さんたちに値段を付けさせ、
支払いから差し引たりしてお金になるものは何でも売てしまった」
「それで何か買たんですか」
木沢が聞いてくる。
「一コマ撮りが出来ると聞いていたので、8mm撮影機、ついでに8mm映写機
それと売れ残ったタップとか筆洗、作業台や色鉛筆に鉛筆、鉛筆削りに消しゴムまで、
いらない物ばかり26万8千6百70円」
端数までまだ覚えていた。
「そんなに買ったのですか、でも映写機や撮影機、すでに持っていたじゃないですか」
木沢は前に持っているのを見ていたので聴いてきた。
「少しでも外注さんの現金で支払える分が増えればとがんばったよ」
朝霞警察の先を右に入り車は旧川越街道へ入った。
「東久留米市下里の運送会社の倉庫まで外注さん達と一緒に取りに行ったが
撮影機と映写機はリストには書いて有ったが溶けちゃっていたよ」
「ええ、なかったんですか」
驚いて木沢が聞いてくる。
「うん、調べようが無くって、向こうのスタジオも、もうその時には閉めちゃっていたみたいで」
事実この時には新潟のスタジオは解散してしまっていて、調べようがなかったのである。
「馬鹿みたいだ」
吐きすってるように木沢が言う、
「そうさ アニメ馬鹿さ」
右にラーメンの幟のあるドライブインに車を入れる
「遅くなるから腹に入れておこう」
二人はドライブインに入りラーメンを注文する。
「そう言えば、良く麻雀をやりましたね」
話題を変えて木沢が話しかけてくる
「そりゃ制作の仕事は待つのが商売、立てばパチンコ座れば麻雀てね、
仕事の準備や手配で死ぬほど急がしかったのが嘘のよう、
段取りが終われば後は仕上がりを待つだけ、
時間つぶしのパチンコだってカズヤンに教えてもらって、すっかりハマッテしまったけ」
高円寺駅近くのパチンコ屋へ、岡迫に時間つぶしと誘われてパチンコをやりに行った。
ビギナーズラックと言うやつで、百円で打ち止を初めて経験しった。
二千発あったので四千円分位のお菓子やコーヒーなどを持って帰って、スタッフ達に喜ばれた。
それがいけなかった。
お決まりで、はまってしまって、ずいぶんと月謝を払わされた。
当時のパチンコはチューリプで、今と違って椅子などなく立ったままで指で弾いて打った。
支えのバーに2本指を挟むのが良いとか、3本が良いとか、
釘の見方がどうのとか、台の選び方とか研究した。
2度目の打ち止までには、ずいぶん時間とお金が掛かった。
「麻雀の時だって雀荘代が勿体ないと、わざわざ上野まで麻雀台を買いに行ったんでしょう」
来たラーメンをすすりながら木沢が聴いてくる。
順調に作業が回り始めると、皆、定時の六時ぐらいには帰社した。
時間待ちや気分転換に、よく麻雀をした。
パチンコ屋にもよく呼び出しの電話が掛かってきた
「準備が出来たのでお願いします」
と言うのである。
机の上にマットを置いて硬い椅子に座って、仮眠用に2段ベッドがあったので交代で朝までやる。
腰が痛くなるし疲れる、7階に高級麻雀店があった、
だが閉店時間が1時ぐらいまでで、料金も高かった。
皆、力量は同じ位で麻雀代が負担となった。
「麻雀台を買ってしまおう」と、岡迫の提案でわざわざ上野の麻雀道具屋へ岡迫と見に行った。
足の部分が折りたためる立派な麻雀台を買ってきた。
皆から雀荘代と称して、回収しようとしたが、ワンゲーム10円ではとても回収できなかった。
「この後どうするんですか」
今後のことを心配して木沢が聞いてくる。
「前から「ひろみプロ」に頼まれて今手をつけている電通映画社の
「原子力発電所のPR映画」をジョーさんと作って、
それが終わったら失業保険を貰いながら、居場所がなくなったので、
アパートを事務所にして、皆の退職金の問題や立て替え金、そのほかの費用の分、
今後の援助などを、代理店や局に、今後の版権収入から
援助して呉れないかと交渉していくつもりだよ」
やがて食事をすませ、代金を払って、また車を出発させる。
旧川越街道を右折して、志木駅方面へと向かう。
先の信号を右折して、右に朝霞テックの入り口を過ぎる。
東武線を越え、坂を下り、川を渡る。
少し走ると突き当る。
右折して志木街道へ入り浦和へと向かう。
荒川の秋ヶ瀬橋を渡る。
渡りきったところで、車をユータン気味に回り込んで土手の坂を下る。
「浦和は地元だ、六辻小学校のときの遠足はこの秋ヶ瀬だったよ」
まわりは真っ暗。
草の生い茂った道をライトが照らし出す。
「左側今は草茫々だが、ここが秋ヶ瀬の桜草生息地だよ、
春には桜草祭りがあってにぎやかだが、今は誰も来ないよ。
蕨高校の時、桜草生息地の草むしりの奉仕活動で来た事があるんだ」
だんだん道が狭くなってきて草をかき分けるように進んでいく。
ものすごい異臭が車内に入ってくる。
オレンジ色の炎がチョロチョロ燃え上がっているのが見える。
ライトに照らされ真っ黒な黒煙がモクモクと立ちこめている。
火の近くに車をバックさせ止める。
「さあ着いたよ」
いよいよだ。
リヤーゲイトを開ける室内灯が車内のカット袋を明るく照らす。
カット袋からはみ出した、のび太の顔が笑いかけている。
「あっこのカット担当したやつだ」
木沢が言う。
カット袋からセルを取り出し見ている、当時の苦労を思い出しているようだ。
次々見ている。
「どこか取っておけないんですかね、」
出発のときから木沢は、何とかならないかと思っていた。
「とって置ける場所が在れば好きなだけ持ていってかまわないよ、
我々は苦労したから何物にも代え難いが、昨日の今日では引き取ってくれる物好きもおらず、
終わってしまえば、単なるゴミで処理をするにも10万以上かかってしまうからと、
処理を頼まれ、仕方がないのでここへ持って来た」
木沢の狭いアパートでは無理は分かっていた
「さあやるか」
木沢を促して、思い切るように炎の中にカット袋を投げ込む。
一瞬炎が消えるが、やがてカット袋に火が移る。
一緒に入っている背景にも火が移る。
セルの方はなかなか燃え移らない。
嫌がっているのか、絵の具の厚さのせいか。
やがて諦めたように炎を上げた。
それを見届け、二人はつぎつぎとカット袋を炎のなかに投げ込む。
また炎が消えかかる。
絵コンテやカット表など燃えやすいものを投げ込む。
火が着き燃え上がるが、セルを入れると炎が小さくなる。
今度は持っていった灯油をかける。
一瞬のためらいの後パッと辺りが明るくなり、一気に燃え上がる。
「あまり炎が上がらないように少しずつくべよう」
各話のせりふ台本、絵コンテ、カット表、色見本、色指定キャラクター集、
シナリオ原本、現金出納帳まである。
思い出の品々燃える物なら何でも入っている。
それらを炎に気を付けて、ただ次々に投げ込む。
やっと車の後ろに腰掛けられるスペースが出来て腰を下ろす。
「何時?」
運転席の時計をのぞき込む
「一時を過ぎている」
買って来ておいたジュースを飲む。
「こんなときビールが飲めたら飲みたい気分になるんだろうなァ」
二人とも酒が飲めなかった。
「さっき見たドラえもんの最終回、次週の予告のところ、
{次回をおたのしみに}だったですね、」
気になったらしく木沢が聞いてくる
「気がついた、あれはこんな形で日本テレビ動画のドラえもんは終わってしまったが、
スタッフのみんなは、まだ続けたかった。
また「日本テレビ動画」でドラえもんをやる、と言う思いを込め、
またいつか次回が有る、だから、「次回をおたのしみに」にしたんだ。
それに、「おわり」のドラえもんのカットの黄色い鳥
あの黄色には帰ってきて欲しいと言う願いが込められていたんだ、
昔見た「幸せの黄色いリボン」の映画で、無事に帰って来ての願いが、
黄色いリボンで表されていたので、あんなカットにしたんだ」
少し炎が小さくなり辺りが薄暗くなる。
「少しペースをあげるか」
また次々とカット袋を放り込み灯油をかける。
今までより炎が大きくなる。
段々大胆になる。
空が白々と明けてくる。
鉄塔も見え堤防の坂道もはっきりしてくる。
今はただもの凄い黒煙が上がっている。
「消防署の方大丈夫かな」
木沢が心配する。
「いつもここは黒煙が上がっている場所だから大丈夫だよ、
でも、上がりすぎないようにしよう」
また灯油をかけて黒煙を薄くする。
「明るくなってきたので炎が強くなっても大丈夫だろう」
宵の明星が明るく見えている。
やがて太陽が向こう岸の堤防を照らす。
「もう六時過ぎたよ」
木沢が荷物の無くなった荷台から時計を覗き込んで言った。
カット袋の山が消えて、やっと最後のカット袋となった。
そのカットを投げ込む。
勢いで中のセルがズリ出てくる。
二人は思わず顔を見合わせた。
ドラえもんが片手を上げて笑顔でさよならしている。
その瞬間炎が燃え移るのを我慢してくれている。
そしてドラえもんの周りのセルがゆがみ始め、思い切るように、
手を振ったドラえもんは炎の中へ消えていった。
呆然とそれを見ていた。
時間が過ぎた。
お互いの顔を見ると目の周りがパンダのように真っ黒だった。
「泣いてなんかいないぞ、煙が目にしみるせいだ」
言い訳した。
涙をこらえて上を見上げる。
すみきったドラえもん色の秋の空があった。
対岸の土手の向こうに秩父の山並みが太陽に照らされて青々とつらなっていた。
その左端には富士山がしっかりとそびえていた。
なぜ ドラえもんの資料がいままで見つからなかったのかの疑問に答えるのにこんな文章を
書いてみました。残念ながらここに書いてあることは、事実です。
当時セルを欲しがる人はあまりおらず、保管する場所も無くなってしまい
業者に頼んで処理するのには、十数万円が懸ってしまいました。管財人から何とかならないか
とたのまれて、泣く泣く燃やしに行きました。作品を荼毘に付した気持ちでした。
全て燃やすのに大変時間が、かかったのが、印象に残っています。
場所は今年タマちゃんが荒川に現れた、鉄塔の近くでした。
ちょうど今年で放送から三十年、なにか因縁めいた物を感じました。
今は当時と全く違っていて、きれいな公園に整備されています。
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